月夜に私は攫われる。
プロローグ
「沢野せーんぱい」
「ひっ」
放課後の、誰も居ない教室で。
いきなりどことなく間延びした低音が耳元で囁かれて、私は思いっ切り飛び退いた。
熱を持った耳を押さえながら、元凶を睨み付ける。
視線の先には目が醒めるような美貌の男子生徒が立っていた。
「ふふ、ひっどいなー先輩。そんなに警戒されたら、さすがの俺でも傷ついちゃいます。俺、意外と心は繊細なんですよ」
そう言って悲しそうに泣き真似をする後輩に、私は嘘つけー!と叫びたくなる衝動を寸でのところで堪えた。
隠しきれていない奴の薄い唇が可笑しそうに歪んでいたから。
代わりに私はそっと溜息を吐いた。
「.....なんで、私に構うの?」
ポツリと呟いてみる。
すると浅霧くんは飄々と言ってのけるのだ。
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