月夜に私は攫われる。


──それが思い違いだと判明したのは、放課後になってからだった。




「ごめん椿、わたし部活あるから今日一緒に帰れないや」

「ううん、美術頑張って。──じゃあね」


バイバイと手を振った仁愛が教室を出たのを見届けると机の中に手を入れて、忘れ物がないか確認する。

そして、何も無いのが分かったのと同時に指先が冷えていくような嫌な予感がした。



──嫌な予感は何故だか当たるもので。



数分後。無慈悲にも掃除のために教室の後ろ半分に詰められた自分の机の上で、私は必死に鞄を漁っていた。


.....あれ、ない。無いぞ。私のお気に入りの本が!!


私は気に入った本は何十回と読み返す性格だ。
登場人物の気持ちをあれこれ想像するのが楽しくて、視点を変えながら読んでいるとそのくらいになってしまうのだ。

そして暇な時間に読めるようにと常に本は手元に置いていた。


....あの本はまだ二十回くらいしか読んでないのにっ...!


仁愛に言えばきっと十分に読み過ぎだと呆れられてしまうだろう。

けれど私にとっては緊急事態。もの凄く焦っていた。
< 15 / 52 >

この作品をシェア

pagetop