月夜に私は攫われる。

欲しい獲物は side夜











後頭部でひとつに結んだ長い髪を揺らしながら、走って教室を出ていく彼女。


その後ろ姿が見えなくなると、緊張が抜けて俺ははあーと大きく息を吐き出した。


未だに痛いほどバクバクと早鐘を打つ心臓。


にやけそうになる表情を必死に取り繕った。


──沢野、椿花先輩。


ずっと知りたいと思っていた初恋の人の名前は、とても綺麗な響きをしていた。


姿をひと目見ることさえ叶わないと思っていたのに、まさか同じ学校の、一つ上の先輩だったなんて。

こんな、奇跡があるとは思いもしなかった。

神様は信じていないけど、初めて神に感謝しようと思えた。


ずっとずっと、あなたに会いたかった。話してみたかった。そう言えば、きっと彼女を困らせてしまう。


沢野先輩は、俺を知らない。

だから、これからゆっくり知って貰うつもりだ。脅しなんて卑怯な手を使ってでも。


──早く俺のモノになってくれればいいのに。


「ねえ先輩、好きなんです。ずっと好きだった。どうか.....俺だけを見て下さい」



そう独り呟いた声は、虚しく静寂の中に溶けていった────。









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