月夜に私は攫われる。
その本のタイトルは──六月にさようなら。
別れの言葉で、悲しいはずなのに、私は自然と手を動かしてそれを腕に抱えていた。
表紙を捲っても、あらすじは書かれていない。どんな内容なのかは分からなかった。
それでも、何故か不思議と惹かれるものがあって。
「あの、これ買いたいんですけど.....」
気付いたら入口のおじいちゃん──店主さんに声を掛けていた。
店主さんは私をまじまじと見ると、柔らく微笑んだ。
「それは売り物じゃないから、お金はいらないよ」
「え、それはどういうことですか....?」
店主さんは目を細めたまま何も答えてくれなかった。
代わりに、これはあの子が喜ぶなあと小さく呟いた。
そして目尻の皺を深くして、持って行って、と言われたのだ。
戸惑ったままお礼を言った私は、来た道を戻って電車の中で本を開いた。