アンコールだとかクソ喰らえ!

 エマージェンシー! 現状を把握せよ!
 脳内で馬鹿みたいに叫びながら、ぐぐ、と仰け反る。

「……くる、す、」

 僅かに()いた隙間。それを埋めるかのように背中を這う感触に力が入ったように思えたが、私は負けない。
 顎を上げ、目を凝らせば、その先に見えたのは、夕食を共にしていた男の寝顔。顎先の、イチミリにも満たないであろうヒゲと、浮き出た喉仏に鎖骨。
 高校生だったあのときよりも増した【男】を感じさせるそれらに、時の流れを認識して、はたと気付く。
 さこ、つ……?
 すい、と視線を下げれば、うっすらと割れた腹筋。ひゅっと喉が鳴って、けれども事態を完全把握しないことには気絶しようにもできないなと、どこか冷静な自分が次に確認すべきは己の身体だと視線を移した。

「……よし、逃げよう」

 瞬間、私は、それを決意した。
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