やさしいベッドで半分死にたい【完】
「いい。別に。女と間違われやすい名前だ」
「え? えっと……、え?」
「それはどうでもいいんだ。藤堂」
ぴしゃりと話を切って、花岡がまっすぐに見つめてくる。ためらいなく頬に指先が触れた。やさしい温度だった。縋りつきたくなるようなやさしさに、こころが震える。
つうとなぞる指先は、たしかに私の涙の跡に触れていた。気づいたのは鏡を見た後のことだったのだけれど。
「少し、俺に攫われてみないか」
唐突な申し入れが、耳元に囁き落とされた。何度確認しようとしても言葉の意味が上滑りしてしまう。
しばらく沈黙して、言葉を待つつもりのない人が勝手に体を抱き起してくる。さっきからずっと、誰よりも近くに寄り添っている男性が、勝手に私の手を取って、器用に指先を攫った。
「いや、俺に攫われてくれ」
「はなおかさ……」
断る隙を与えずに、手を引かれる。あっという間に玄関まで連れ出されてしまった。ぐいぐいと引っ張ってくる人を視界に入れながら、急激に足が固まる。
『なんか違うんですよね~』
『藤堂さんの作った曲が悪いわけじゃないんですけど……』
『インパクト? に欠けるというか……』
「あの……、いけま、せん」
振り返った花岡が、また眉を顰めている。いつも怒っているのかと思ってしまうくらい、神妙な顔ばかりをしている人だった。急激に過去が思い起こされている。