やさしいベッドで半分死にたい【完】
今日の私たちは中華が食べたくなって、麻婆豆腐を作ることにした。食べ終えた花岡は、いつもと同じく私の耳に唐突な誘いを吹き込んでくる。
「海でも行くか」
まぶしい記憶ばかりが立ち込める匂いだ。
二人で、特に車に乗ることもなく道を下って行った。花岡と歩くとき、ほとんど人に出会うことがないから不思議だと思う。
森山や、そのほかにもこの町で生活を続けている人たちがいるはずなのに、どうしてか、私と花岡が無防備に歩いているときには、誰一人としてこの道を通らない。
花岡は、一人になれる道を選ぶのが得意なのかもしれない。
想像して、一人で笑ってしまった。
しっかりとは、握らない。けれど、絶対に離れてしまうことはない。あいまいなバランス感覚で、私と花岡の指先は、必ず一つになる。
なぜとも、どうしてとも問わないし、問うたところで、花岡は明確な答えを用意したりしない。
ここにあることがまるで当たり前のような、前世からこうしているのが当然であったみたいなあたたかさで、私の指先に侵食している。
「すこし寄っていいか」
「え? はい」
ふっと視線を上げてみれば、二人でよく買い物に来るスーパーがあった。