やさしいベッドで半分死にたい【完】
こぶし三つ分くらいの距離にいる花岡は、やはり何を考えているのかよくわからないような表情で、海と空の青い交差点を見つめている。

まるで謎を解き明かす名探偵のような、はたまた興味のないコマーシャルを見つめる子どものような表情だ。

横顔の神秘を見つめながら、ふるりと肩が震えた。薄手のニットには、すこし風がつよすぎるのかもしれない。


「藤堂」


やわい声と一緒に、何かが肩にかかる。やさしい香りに触れて、懲りずにこころが震えた。

つめたいからじゃない。

どうしようもなくあたたかくて、いとおしい匂いがするからだ。花岡のジャケットが肩にのせられている。

やさしい重みで、どこまでも沈んでしまいそうだ。


おそるおそる顔をあげれば、私を見つめる黒い瞳と視線がぶつかる。


「すこしはマシになるか?」

「花岡さんが風邪をひきます」

「俺はいい」

「ダメです」


本当は、花岡が体調を崩すところなど、全く想像もできない。とってつけたような私の言葉に、花岡はおかしげに笑っているらしかった。

お互いに、花岡が風邪をひいてしまうところを想像できず、顔を見合わせてしまった。


「でもダメです」


笑い出したいまま、頑なに言って、肩にかかったジャケットに手を添えた。

このぬくもりが消えてしまうことがすこしさみしいと思ったり、離れる準備をしなければならないと戒めたり、私のこころは秋の海だ。

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