やさしいベッドで半分死にたい【完】

手を引かれて二人で階段を駆け下りる。店の入り口から見える世界は土砂降りで、泣きたい感情を代弁されているような気分だ。

すこし前に見た過去の自分の姿が、脳裏にこびりついている。


過去が追いかけてくる。

どこまでも私の足の裏に吸い付いて、離れてくれはしない。


指先に力が込められた気がした。振り返って、まっすぐにこちらを見つめている人と目が合う。

この世に二人だけだったら、どれだけいいだろう。

ゆっくりと瞬きする隙に、花岡の顔が近づいてくる。すこしも手加減したりしない。かしげるように近づけて、瞼を伏せた。黒い睫毛が徐々に視界で揺れるようになって、堪えられずに瞼を下す。


「あまね」


この世で一番の宝物の存在を囁くような、うつくしい声色が耳に届いた。

心臓が麻痺する。痺れてこのまま壊れてしまいそうだ。

何一つ言葉にならない唇に優しく触れられる。人の唇に触れられるのが、こんなにも心を乱すものだとは知らなかった。

私の感想を求めるように、花岡が誰よりも近い場所で、私の瞳を眺めていた。


「はな、」

「俺以外を考えるから、悪い」


咎めるよりも、やさしい声で囁いた。悪いことをした生徒を罰する先生のようにたぶらかして、何も言えないまま見つめている私の頬に触れる。
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