やさしいベッドで半分死にたい【完】
どうしてそんなにも、思慮深い指先で私に触れるのだろう。まるで神聖なものに触れるひとみたいに、私を見つめている。


「全部忘れちまえ」


もう、全部忘れたい。私の願望を具現化するように囁いて、もう一度唇を触れさせてくる。

私の拒絶がないことは、きっと知っていただろう。永遠のような刹那に触れあった唇が離れて、花岡のやさしい笑みに視線がとらわれてしまう。


「全部忘れたか？」

「ぜんぶ？」

「……それでいい。もう、これ以上頑張ろうとしなくていい」


『根を詰めて練習に打ち込みすぎてませんか』


昔の記憶がよぎった。

あの日、マネージャーとしての花岡が、真顔のまま問いかけていた。震える指先に触れて、私の目を見据えている。

このままでは、いつか弾けなくなってしまうのではないかとおそろしくなって、必死で打ち込んでいた指に触れられて、瞬時に手を振り払った。

あの日に帰りたい。帰り着いて、あの日も私を見つめていた真摯な瞳に謝ってしまいたかった。いつでも、彼は私のすべてを守ろうとしてくれていた。


「花岡さん、私」

「――――――、――？」


囁くような声が、誰かにかき消される。

振り返って、その人がまんまるに目を丸めているのが見えた。楽器店の名前がプリントされている黒いエプロンを着た男性が三度目を瞬かせてから、「藤堂周」と口走ったのが見えた。
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