やさしいベッドで半分死にたい【完】
「(ナオ先輩に脅されてないっすか!? ぼけっとしてたらマジで食われるっすからね!? 周ちゃんみたいにセレブ育ちじゃねえから、マジで危険っすよ)」
「(アキオ、いい度胸だな)」
何かを言い合っているようだ。ぽかんとして見つめていれば、エプロン姿の男性が首をかしげていた。
大きく息を吐いた花岡が、何かを説明している。きっと私の難聴について話しているのだろう。
一通りの説明の後に、男性の目が潤んでしまう。
ぎょっとして見ていれば、こちらを振り返った人が耳打ちをしようと近づいてきた。あわせるように耳を貸そうとして、花岡に腕を掴まれる。
「(世話になった。今度顔出す)」
「(いや、いやいや、俺にも挨拶させて下さいよ!?)」
何が起きているのか問う間もなく花岡に腕を引かれて、足が店の外へと進んでしまう。
振り向き際に焦ったような顔をした人が、一生懸命に手を振ってきていた。もう一度頭を下げて、花岡が開いた傘の中に入る。
「かさ、花岡さんが使ってください」
「ああ、そうする」
言いながら、隣り合って歩く私のほうに傘を寄せてきている。ちらりと見えた肩が、じっとりと濡れてしまっていた。押し返そうと花岡が傘を持っている左手に触れて、力を籠める。
「は、なおかさん、力、つよい」
「気のせいだ。ほら。早く行くぞ」