やさしいベッドで半分死にたい【完】
急に目頭が熱くなった。泣いてしまう。唐突に気付いて俯こうとした顎を、優しくすくい上げられた。
「んなもん忘れろよ。今からお前は、俺に攫われる。ただそれだけでいい」
「はな、」
「ほら、ぼけっとすんな」
何一つ理解できないまま、花岡の手にもう一度引かれる。勝手にパンプスを目の前に出してきて、私の右足に触れた。
「きゃっ」
花岡が触れた指先の熱で体が震える。このままいれば、勝手にパンプスに足を入れられてしまう。瞬時に気づいて、自分から靴に足を差し入れた。
悪いことをしている自覚はある。逃げ出すために、花岡が悪役を引き受けてくれているらしいこともわかっている。
あんな連絡をしたから、必死になってここまで来てくれたことくらい、よくわかった。
黒いコートを着ていた花岡が、おもむろに脱ぎだして私の肩にかけた。
ついさっき私が着ていた秋用のコートはリビングに置き去りになっている。私が持っているのは、ポケットに入っている携帯くらいだった。これでは、本当に誘拐だと思われてしまう。
「行くか」
濃密に、花岡の香りが匂った。眩暈がする。こんなにも強引なひとだったことがあったろうか。
「あの、まってください」
「あ?」
「ええと、少し、連絡をして……」
「誰に」
「……だれ、かに?」
言いながら、浮かぶ相手が仕事上の付き合いの人ばかりであることに気づいてしまった。私の顔色を見た花岡の指先が、ぐしゃぐしゃと私の髪を乱すように撫でつける。