やさしいベッドで半分死にたい【完】
考えてみるだけで心臓が捻じれてたまらなくなるから、極力知らないふりをすることばかりだ。そういう癖がついて、最近は知らないふりをするために俯くことが多くなってしまった。

目が合ってしまった手前、知らないふりをするわけにもいかずに花岡の横へと歩く。

低い男の人の声が耳に届いてくる。あとどれくらいで、無視しきれない大きさの音になってしまうだろう。

あれだけ聞こえなくなってしまったことに絶望して、すこしも音を逃したくない、はやく取り戻したいと思っていたくせに、私の感情はひねくれて手に負えなくなってしまった。

花岡のやさしい囁きを聞いていたいのに、一方で、聞こえるようになってしまった先の世界を恐ろしくも思う。


もし、耳が治っていることを知られたら、花岡は去って行ってしまうのだろうか。不安に駆られるまま、言い出せないでいる。

ちらりと見つめれば、携帯を握っていないほうの手で、指先に触れられる。


あと何度、そのやさしさに縋っていられる?


汚い感情が動いて、必死で振り払おうとしていた。


「眞緒《まお》が取ったのか? ああ……、そうなのか」


花岡の声が、耳に遠く聞こえてくる。
< 121 / 215 >

この作品をシェア

pagetop