やさしいベッドで半分死にたい【完】

あやすようなあたたかい声が響いていた。きっと、もう耳元に囁いてくれなかったとしても、私は花岡のやさしさを受け取ることができただろう。けれど、こうして抱きしめて、耳元に囁き込んでくれなければ、今宵の悪夢に、すべてを呑み込まれてしまいそうだった。


『解放してくれ』


「こわ、かったんです」


あなたが、どこかへ行ってしまいそうになったことが。そして、あなたの手をどうしても放すことのできない自分自身が。


「もう大丈夫だ。全部忘れちまえ。俺がいる」


抱き寄せる花岡の胸に、耳をこすりつける。その胸の鼓動に、涙がこぼれた。

すこしはやいリズムで打ち込まれている音は、花岡がこの世界で息を続けている証拠であり、私の聴力が、確実にこの体に戻りつつあることを示していた。


「わすれ、たいです」

「ああ、忘れろ」

「もう、私、花岡さんのことだけ」


花岡のことだけを考えていられたら、どれだけいいだろう。最後まで声に出すことはできなかった。彼のつよい力に引かれて、つかの間に視線が絡んだ。何も言わないまま、花岡が声を奪うように口づけてくれる。

すべてを忘れるおまじないのような、やさしいキスだった。


「俺だけ考えてろ」


すべてを許してくれる気がする。
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