やさしいベッドで半分死にたい【完】


「藤堂……」

「もう、周って呼んでくれないんですか」


暗がりに月の光が差し込んでいる。世界から隠れて、ひっそりとつぶやいた。あなたに呼ばれたくて仕方がないのだと表現しているなんて、きっと見透かされていただろう。

私の声を聞いた花岡が、たっぷりと三秒私を見つめてから、いたずらを咎めるように、もしくは照れ隠しみたいに私の頬を抓った。


「あんま安心してると襲うからな」

「あはは。花岡さんがですか?」

「南朋でいい」


まさか、そんなふうに返されてしまうとは思わなかった。してやったりと笑う人が、抓った頬を労わるように撫でてくれた。黒い瞳にきらきらと光が浮かび上がる。私の頬に触れる月の明かりをまぶしそうに見つめている気がした。


「南朋さん?」


恋人のような響きで、胸がじんわりと疼いてしまう。どうしてこんなにも、愛おしい人間が生きてくれているのだろう。


「聞こえない」

「ええ? 聞こえていますよね?」

「いや。もう一度呼んでくれ」

「南朋さん?」

「ん」

「南朋さん」


何度か呼んでいるのに、聞こえないようなふりをされた。

くすくすと自分の喉から笑い声が漏れ出てしまった。

きっと、すべて花岡の耳に届いて、聞こえてしまっているのだろう。同じく、喉で笑う声が届いてようやくからかわれていることを理解した。

少しだけ体を起こして、花岡の耳に、できるだけやさしく囁き落とす。
< 134 / 215 >

この作品をシェア

pagetop