やさしいベッドで半分死にたい【完】
「南朋さん」
起きてほしくなくて、ささやかに口遊んだ。
夢の中で聴いたような声が鳴って、一人で笑ってしまう。
昨日の花岡は、もしかすると私の都合のいい夢かもしれない。
周と呼んでくれていた。マネージャーのころの花岡からは考えられないくらいのやさしさで、たっぷりと甘く囁いてくれていた気がする。すべて夢なのかもしれない。
それならずっと夢の中で微睡んでいたい。
こっそりと布団の中から右手を取り出して、花岡の前髪に近づける。
黒い髪の毛は、やわらかそうだ。
指先を近づけて、乱れた髪をそっと整えるように流した。実は癖毛だったりするのだろうか。花岡の寝ぐせなんて見たこともないから、すこしおかしい。
一人で想像して、とくに寝ぐせなんて無さそうな寝顔にため息をつきたくなる。
しばらくじっと眺めて、起きだす様子のない花岡に、ゆっくりと口を開く。
そろそろおばあさんの家に行かなくてはならないだろう。今日も豪勢な朝ご飯を用意してくれているはずだ。決意して、息を吸い込んだ。
「花岡さん」
何度か肺の奥で練習したくせに、結局名前を呼ぶのはやめてしまった。
まるで嘘みたいに優しい記憶だったから、自信がない。私の願望が夢になって出てきたのかもしれない。
もう一度「花岡さん」と呼んで肩を叩く。