やさしいベッドで半分死にたい【完】
あなたのやさしさを、なぞる
窓の外では、いくつもの人間が往来を続けていた。ぼんやりと見遣って、今度は窓のガラスに映る人の影を見つめてみる。
窓の縁に肘をついているその人は、片手でハンドルを握りながらまっすぐに前を見つめている。
音楽は今、何の曲がかかっているのだろう。発進する前にその音を止めようとした指先を見て、反射のように手を掴んでしまった。
『聞こえないので、すきなもの、聴いてください』
言えば、複雑そうな花岡が何かを口走っているのが見えた。何一つ音を拾わない世界に苦笑していれば、真顔のまま、花岡の唇が耳元に寄せられる。
『お前が演奏した曲だ』
何度か乗せられた車なのに、私の演奏が流れていたことなんて一度もなかったと思っていた。
瞼を瞬かせて見つめれば、してやったりと笑われてしまう。いつも、こんなふうに笑っていたのだろうか。
後部座席にばかり乗り込んでいたことを、今更に後悔したいような思いだった。
どこへ向かってるのかと問うたところで、運転中の花岡から、耳元に答えを与えてもらえるとは考えられない。
いや、なぜか真顔で、嘘のような優しい言葉をかけてくる今の花岡なら、何でもしてくれてしまうのかもしれない。
それはそれで、肩に重たい何かがのしかかってしまうような気がする。