やさしいベッドで半分死にたい【完】
すべてから隠してくれた。
きっと、私が藤堂周であることをやめさせようと必死になってくれていただろう。ほとんどの時間に、ただの自分自身になって、重たい荷物を忘れかけていた。だけど、すっぱりと忘れ続けられるわけではないことくらい、すでに分かり始めている。
いっそ、すべてを捨てて、逃げ出してしまおうか。
藤堂周という人間からこっそりと抜け出して、誰でもないどこかに腰を下ろすこともできるのかもしれない。その人生に、花岡南朋は、存在するのだろうか。
「――周?」
「……呼びましたか?」
おかしなことを考えていた。
慣れてしまった聞こえないふりを打って、花岡が、バック駐車を終えてから、やさしく耳に声を吹き込んでくれるのを待つ。
私の期待通りに顔を寄せて、花岡の吐息が落ちた。
「好きだ」
「な、」
さっきと言っていたことが違う。
指摘することもできずに、意地悪そうに笑った顔が見えた。悪戯《いたずら》されてしまったらしい。碌な恋愛経験もないことは、きっと知られてしまっているだろう。
恨めしくなって、顔をそらした。逸らした先にある窓ガラスに、やわい表情を浮かべた男が映る。
まるで好意を隠すつもりのない瞳は、私の知る花岡からはとても遠い。けれど、これが本来の姿なのだと疑う隙は一切なかった。