やさしいベッドで半分死にたい【完】

じゃあ、私が藤堂周ではなかったとしたら、花岡は、見つけてもくれなかったんじゃないだろうか。

大切にしたいと思っていた。その瞳にかなう何かであり続けたいと思っていた。


そっと指先に触れられる。まるでそうあることが当たり前みたいに指先がつながった。

まっすぐに一階を見下ろす瞳を確認して、同じように見つめた。

ライティングされたステージで、女性がまっすぐに前を見つめている。誰もが固唾を飲んで見守っていた。やさしく鳴り響く音で、胸が潰れてしまいそうになる。


うつくしい声だった。

時間の感覚が遠ざかって、すべてから切り離されてしまうような心地がする。誰もが目を離せない世界の中で、ふと、自分の瞼が濡れていることに気づいた。

どうして涙が出てしまったのか、よくわからない。下睫毛に引っかかった涙がぼろりと落ちる。その音が鳴ってしまったのだろうか。

花岡が振り返って、やさしいまなざしのまま、指先で瞼を撫でつけた。


永く短い時間を歌い切った人が綺麗に頭を下げてステージ脇にはけていく。ちらとさっき会話した男性を見てみれば、瞬きすらも惜しむようにまっすぐにステージを見つめ続けていた。その視線一つで、肺に溜まった熱がはじける。

もう一度涙がこぼれ出て、今度こそ花岡の声が耳に擦れた。

< 163 / 215 >

この作品をシェア

pagetop