やさしいベッドで半分死にたい【完】

「あまね」

「ごめんなさい、すこし、お手洗いに行きます」


花岡の声を聞く前に立ち上がった。この場所にいたら、とうとうみっともなく泣き縋ってしまいそうだった。

何が悲しいのか、とらえどころのない大きな熱に侵されて、ただ足を動かしている。すばらしい歌だった。こころ揺さぶられる、うつくしいメロディだった。作曲をするものとしても、音楽に打ち込んできたものとしても、すべてが遠い気がした。まるで違う。

終始幸せそうに笑っていたその人は、どこまでも遠くて、まぶしすぎる。


こころから、楽しんでいるのだ。だから、この胸に突き刺さった。

トイレの個室にかけこんで、倒れそうな背中を壁に押し付ける。

ゆっくりと呼吸を取り戻して、あふれ出る涙をどうにかやり過ごそうと必死になっていた。


まっすぐに向き合っている人の目だった。ファンの期待に応えて、必死に立ち続けている。

音楽を、こころから愛して、抱きしめているのだとわかってしまった。


どんなに待ってくれていても、決して立ち直れなかった。必死で打ち込んで、どうにか活路を見出そうとしていた。

不安でたまらなかった。ただの凡人で、たいしたことのない人間だと呆れられて、誰もいなくなってしまうことを恐れて、がむしゃらに齧りついていた。
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