やさしいベッドで半分死にたい【完】
次の声が予測できてしまう。もう何度も、その瞳で見つめられてきた記憶があったからだ。

どうか、今は言わないでほしい。私の自分勝手なこころよりもさきに、その人はやさしい熱を声に乗せてしまう。


「藤堂周さんですよね?」


決定的な声が鳴り響く。

トイレの外側からは、アンコールのような音楽が聞こえていた。きっと盛り上がっていることだろう。目の前にいるこの人も、その曲を聴きたかったはずだ。

それなのに、わざわざここで立ち止まって、信じられない奇跡を見つけてしまったような瞳で私を見つめている。


何一つ言葉にならなかった。

ただ首肯して、その人が、口元を両手で覆い隠したのを見た。あまりにもうれしくて、しあわせで、夢の中にいるみたいだと思っているような仕草に眩暈がしてしまいそうだった。

どうしてこんなにも綺麗な瞳で、私を見つめてしまうのだろう。


「ずっ、とファン、で……」


途切れる声が、すでに胸を掴んできている。女性の瞳から、今にも透明な雫がこぼれ落ちてしまいそうだった。

何も言えないまま、意味もなく手を差し出している。いつも、握手を求められてきたから、自然と出てしまった。
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