やさしいベッドで半分死にたい【完】
歩き続けていた足が止まった。

ちょうど、エントランスの入口あたりで、誰かが声を上げている。電話をしているのだということは、すぐにわかってしまった。その声の主が誰であるのかも、同時に気づく。


もう、終わりが来ていた。

きっとずっと前から終わりにするべきだった。こんなことを始めるべきではなかったと言ったほうが正しいのかもしれない。

都会の夜空は、手で触ってしまえそうなほどに近く、淀んでいる。そんなことに気が付く日が来るとは思ってもみなかった。


「すみません。はい。わかってます。そうですね、退職も視野に入れてます」


花岡は、至極淡々と言った。

言葉の意味を何度も反芻して、指先が冷え切っていることに気が付く。


はじめから、わかっていたことだ。

花岡は、もう私の隣にいるべき人じゃない。あの日、駆けつけて抱きしめてくれた腕にすがってしまったから、全部をぐちゃぐちゃにした。

あの手に引かれなければ――。

惹かれなければ、花岡のやさしさも、あの町のあたたかさも、人のうつくしさも、すべて知らずに、私は壊れてしまっていただろう。

私のちっぽけな心と引き換えに、花岡はたくさんの犠牲を払っていた。

もう、いいだろう。

< 170 / 215 >

この作品をシェア

pagetop