やさしいベッドで半分死にたい【完】

「……周?」


携帯をポケットにしまった人が、すこし不安げな瞳で私を見つめていた。ついさっき泣いて駆け出した女と再会したら、誰でもそんな顔になるだろう。

花岡の表情が、豊かに動くさまを知れてよかった。それだけで十分すぎるくらいに、たくさんをもらってしまった。


「花岡さん、私、耳が治ったみたいです」


できるだけ、きれいに笑って見せた。うれしそうに、どこまでも幸せそうに言い切った。

私の声に、花岡の目が、見開かれる。

どうやら、ばれてはいなかったようだ。すこし安堵してしまう自分の汚さすらも、笑ってしまいたかった。

南朋さん。こころのなかで呼んでみる。


もう、きっと呼べないだろうなあ。


なぜか、そんな気がした。終わりの音に似ている。


「だからもう、やめましょう」


細やかな幸せが、崩れて消えてしまう。壊すのは、いつも私のほうだ。

私の底抜けに明るい声で、花岡の表情が凍り付いた。気づかないふりをしている。必死で取り繕って、もう一つ声を上げた。この悲鳴に、どうか気づかないでいてほしい。


「……はやく、曲を書かないといけないです。明日にでも、帰ります」


一刻も早く、あなたを私から解放する。ただそれだけを願っていた。
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