やさしいベッドで半分死にたい【完】
意外なことを聞いてしまった。沈んだ気分なんて無視して進んでいく森山の後ろに付き従って、何度も来た門が見える。
森山はまたしても気にすることなく引き戸を開いて、「アキオー! ババアー! 酒買ってきた!」と叫んでいた。
靴を脱ぎ散らかして、ふいに森山が振り返った。いつも満点の笑顔をくれるその人が、首をかしげる。
「どしたー? 周ちゃんもおいで」
「……あの、」
「あれ、あまねちゃん、帰ってきたのかい」
居間からひょっこりと顔を出したやさしい女性が、立ち止まったままの私を見つめていた。まるで驚きもしない。
所在なく立ち尽くしている私を見て、当然のように囁いてくれる。
「あまねちゃん、おかえり。寒くなかったかい」
やさしい音だった。言葉に詰まって、何も返せなくなる。
ここへ来るとき、何度か玄関で会ったおばあさんに、笑顔で何かを囁かれていた。何を言われているのかわからないままだった。
いつも花岡が適当に答えを返してしまうから、名前を呼ばれていること以外はしっかりと理解できていなかった。
「あまねちゃん?」
帰る場所なんて、どこにもなかった。いつも一人だった。どこかよそよそしくて、いつも転々としていて、自分を守ることだけで精一杯になっていた。