やさしいベッドで半分死にたい【完】
さよなら、ばいばい、せかいのみなさん
終わりの瞬間は、音もなく、やさしく囁きかけてくれる。
いくつかの機器が耳元に囁いて、何かをさえずっていたような気もする。だけれど何一つ掬いあげられないまま、囚人のように白い服の女性に付き従っていた。
思えば、逃げてばかりの人生だった。
気軽な拷問部屋のような、一畳の半分くらいの箱に押し込められて、スイッチを握らされる。
何一つ確かな反応を返せない私を見た女性が、わずかに眉を下げて、ポケットからメモ帳とペンを取り出した。
“両耳の聴力を検査します。音が鳴ったら、ボタンを押してください”
走り書きされた文字に頷いて、絶望の扉が閉じられる音すら、私の中から閉ざされていく。
高級そうなヘッドフォンをセットしている間、私は呆然と、ほとんど音を奏でてくれない世界で聴力というものに集中していた。
いくつか音が聞こえた気がしてスイッチを押した。小窓から見える検査員は、熱心に機械をいじくりまわしている。
突発性難聴と告げられて、ゆっくりと頷いた。それ以外に表現のしようがないと理解していたから、検査の意味をなしていなかった。
両耳の聴力をほとんど失ってしまう例は大層珍しいらしい。
ただ、そうなのかと理解して、安静に、と書きつけられた文字をじっと見つめている。
もうどれほどの間、安静という言葉の意味を、ただしく理解できなくなってしまっているのだろうか。