やさしいベッドで半分死にたい【完】
「勘が良いな」
否定せずに、笑われてしまった。
何段も上手《うわて》にいると思う。
結局いつもと同じく、ただ手を引かれてホールの中までたどり着く。
音楽ホールに入るのは、どれくらいぶりだろうか。
いつも、この場所に立つときは、異様な緊張感があった。失敗を許されない雰囲気自体が苦手で、いつも逃げ出したいと思っていたかもしれない。
ホールのステージには、ぽつりとピアノが置かれていた。誰が置いてくれたのだろう。
まさかいつも置かれているのだろうか。不可思議な気分になって、花岡に連れられるまま、舞台に立つ。
脚光を浴びることに、何の感慨も見いだせなくなった。何を弾いても、納得できなくなった。見失って、消え去ってしまうところだった。
片手に抱えてきたノートを目の前に取り出す。それをぱらぱらと捲ってから譜面台に置いた。
「聴いてくれますか」
「聴かせてくれるのか」
花岡は茶化すような声で言って、すぐ近くのパイプ椅子に腰かけてくれた。こんなふうに、いつもどこかで聴いていてくれたのだろう。
花岡は、いつもそばで見つめ続けていた。
一音触れてみて、完璧な調律に背筋がしびれる。
もう一度、ここへ帰ってきた。帰り着ける場所は、もしかしたら、いつもこの場所にあったのかもしれない。笑ってしまった。