やさしいベッドで半分死にたい【完】
「俺に勝ったら、このまま帰っていい」
「……負けたら?」
「全部忘れて、俺の側にいる」
簡単だろ、と囁いてボールをもう一度私の指先に乗せた。節くれた指先が、一を示している。勝負は一回、という意味だろう。
考えがまとまらないまま、コートの真ん中へと体を引っ張られた。
「わたし、やったことないです」
捕まれた指先をやわく引いたら、振り返った男が首をかしげてから、小さく笑った。
今日はよく笑ってくれる。見とれているうちに近づかれて、たっぷりと意地悪く告げられた。
「そうか。不利だな。残念だ。――まあ、負けてやる気、ねえけど」
「じゃあ、お前はゴールのすぐ近くからはじめていい。俺は反対のゴールまで持っていってシュートを決めれば勝ち。いいだろ」
とんでもなく、ずるい声だと思った。しばらく思考回路が凍り付いて「いつでもどうぞ」と言われたことに気づくのが遅れた。
少し距離を取った男の人が、けだるそうに私を見つめている。絶対に負ける気なんてなさそうだ。すでに先が見えているような気がする。
ドリブルすらしたことのない自分が、見よう見まねでできるものだろうか。
片手でボールをバウンドさせてみて、なにとなくそれっぽくもう一度ついてみる。
必死になって、とりあえず先へ動いてみた。妨害されることなく進んでいるから、まず間違いなく見守られているのだろう。