やさしいベッドで半分死にたい【完】
とても、むずかしい。
はやくも行きたい道をそれそうになって、飛ばしかけたボールが誰かに拾われる。
「は、なおかさ」
やさしい放物線が、私の胸の前に降りてくる。
渡ってきたボールのやさしさで、もう一度やってみろと言われている気になった。付き合ってくれるつもりなのだ。気づいてしまった。
一度として、誰にも向き合ってもらえなかった。いつも窓の先の景色でしかなかった。何度か試合をテレビで見つめたりもした。けれど、その時間ですらほんの数秒のことだっただろうと思う。
そうか。
もう、あこがれて、できないことに胸を痛める必要もない。私のピアニスト人生は終わった。だから、もう誰にとがめられることもない。
もう一度動き出して、失敗するたびに花岡に救われる。もう一度。もう一度。何度も繰り返して、ようやくゴール前に来た。
『勝ったら、このまま帰っていい』
その言葉が反響して、足がとまってしまう。花岡は選択肢を用意してくれた。
強引だったり、選ばせたり、私がずっと前に言った言葉を覚えていて、律義に付き合ってくれたり、忙しい人だ。まっすぐに私を見つめている。
「入ったら、帰るんですか」
なぜそんな質問をしようとしたのだろう。私がつぶやいた次には、花岡の体が動き出していた。
目にもとまらぬ速さで奪われて、風のように抜けていく。私が何分もかけて必死で歩いてきた道を走り去って、あっという間に真後ろのゴールにボールを入れた。思考する暇もなかった。
遠くから、こちらを見つめている。何かを口ずさんでいるような気もした。
「(じゃあ、俺のことだけ考えてくれんのか)」
やさしさで、世界が遠ざかる。