やさしいベッドで半分死にたい【完】

花岡南朋という男は、決して口数の多い人ではない。間違いないと思う。マネージャーとしてそばに控えてくれていた時も、私と何かを語らったり、大声で笑ったりするような人ではなかった。

つねに淡々と仕事をこなしていて、まるで機械のように精確な人だった。


音の聞こえない私の耳に気遣っていることは一目瞭然だった。あまり喋らない人だったから、こんなにもやさしく音を紡ぎだす人なのだと気づけなかった。

気づいていたら、あの頃の私は不安という不安のすべてをぶちまけて、この人のことを困らせていたかもしれない。ただでさえひどかったのに、あのとき以上にみにくい自分にならなくてよかった。


「藤堂」

「……はい」


かすかに明かりが漏れている教室がある。その部屋へと誘われるのだろうと理解できた。廊下はこんなにも明るいのに、一つひとつの教室は冷ややかに暗く染め上げられている。

一人でいたら、きっと心細かっただろう。けれど、花岡がそばに在る。


「さっき言ってた同期が来てる」

「え? そう、なんですか」

「悪い人間ではない」


遠回しな表現に内心で首を傾げつつ、了解を示すように首を頷かせる。その先に、確かに背の高い男性の後姿があった。


振り返った人は、私たちの姿に目を見張って、何かを話しかけてきている。

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