やさしいベッドで半分死にたい【完】
急に音が鳴ったから驚いたというよりも、今想像していた相手から声を掛けられるとは思っていなかったから驚いた、と言ったほうがただしい。


「なんだ。まずいか?」

「え、いえいえ。おいしいです」

「じゃあ、どうした」

「……花岡さん、敬語じゃないと、すごく砕けた印象になるんですね」


もっとも遠ざかったことを言った。

たしかにそれも思ってはいたけれど、確実に、今頭の中に思い描いていたことからは遠い。私の声に、花岡は少し考えるそぶりを見せてから「誘拐犯らしいだろ」と囁いた。

あくまでも誘拐したという設定が続いていくらしい。

体育館で、私は明らかに帰ることへの拒絶を意思表示していた。すでに誘拐じゃない。私の意思でここに残っている。

すべてが終わるときに誰かに迷惑をかけるのだとしたら、その相手が花岡であってはならないと思う。それだけは確かな思いだった。

いつまで続けてくれるのだろう。

まるでお姫様のような思考回路だった。待っているだけで、すべてが救われるわけじゃない。


つねに自分から行動しなければ勝ち取れない。もう何度でもぶち当たった真理だった。


疲れ切っていた。

誰かが助けてくれたらいいなんて、逃げ出せない私の戯言だ。

少し前まで忘れかけていた事実が追いかけてくる。逃げ切ることなんてできない。

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