やさしいベッドで半分死にたい【完】
何度確かめても音はない。こんなにも平静なものか。

感動もくるしみも痛みもない世界に似ている。けれどどうしようもなく孤独だ。両手を擦り合わせて、体育館で花岡のそれと触れあった掌を思い返している。


あの時の音は、どんなに素敵だっただろうか。覚えていられないことがかなしい。

聞こえないほうがいいことばかりの世界で、花岡が発するすべての音だけが、やさしく存在している。

目をつむったら、瞼の裏に、いくつかのフラッシュライトが点滅する。ふいに立ち止まったとき、いつも思い返してしまう記憶だった。




その日、病院から出た時、すでに無数のパパラッチが控えていた。きらきらとうるさい明かりが何度もぶつかって、反射的に顔を俯かせる。その瞬間の写真が、翌日朝の新聞でスクープされるとは思ってもいない。


『藤堂さん、指の調子はどうでしたか?』

『最近の不調の原因は何だったんですか?』


矢継ぎ早の声に、呆然とする私の前に立った花岡が、何かを事務的につぶやいていた。とても大きな背中だったと思う。震えて、仕方がなかった。


ピアニストはひどく指先を酷使する職業だ。一日に何時間も練習して、指が動かなくならないように、努力を怠ってはならない。常に向き合い続けなければならない。

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