やさしいベッドで半分死にたい【完】


「手、繋がなくても、歩くことくらいできますよ」


今日一日で何度でも言うタイミングがあったのに、今更につぶやいていた。私の言葉をかみ砕いた人が、なおも手を差し出している。


すこし逡巡した人が、もう一度耳に顔を寄せてきた。この世の秘密など、すべて暴いてしまっているような男が、ふざけて笑った。


「人質に逃げられたら世話ねえだろ?」

「……人質って、まさか、私ですか」

「他に誰がいる」


あっけらかんと囁き落とされた。また、喉が笑う音が聞こえて、耳に吐息が触れる。くすぐったくて手で耳を覆い隠したくなった。思うように右手をあげようとして、がっちりと掴まれる。

当然のように絡まって、花岡の熱が滲んで混ざる。まるで恋人の指だ。


「逃げませんよ?」

「そうか?」

「信じられないですか?」

「いや?」


否定しておきながら、勝手に私の手を引いて歩き出した。床にスリッパがこすれる。

振り返った人が、何かをつぶやいている。聞かせるつもりがないのだと思った。

どんなやさしい言葉を囁いていたのだろう。


その表情のやわらかさで、どうしようもなく聞いてみたくなる。


「(俺がお前に触ってたいだけ)」

< 47 / 215 >

この作品をシェア

pagetop