やさしいベッドで半分死にたい【完】
「手、繋がなくても、歩くことくらいできますよ」
今日一日で何度でも言うタイミングがあったのに、今更につぶやいていた。私の言葉をかみ砕いた人が、なおも手を差し出している。
すこし逡巡した人が、もう一度耳に顔を寄せてきた。この世の秘密など、すべて暴いてしまっているような男が、ふざけて笑った。
「人質に逃げられたら世話ねえだろ?」
「……人質って、まさか、私ですか」
「他に誰がいる」
あっけらかんと囁き落とされた。また、喉が笑う音が聞こえて、耳に吐息が触れる。くすぐったくて手で耳を覆い隠したくなった。思うように右手をあげようとして、がっちりと掴まれる。
当然のように絡まって、花岡の熱が滲んで混ざる。まるで恋人の指だ。
「逃げませんよ?」
「そうか?」
「信じられないですか?」
「いや?」
否定しておきながら、勝手に私の手を引いて歩き出した。床にスリッパがこすれる。
振り返った人が、何かをつぶやいている。聞かせるつもりがないのだと思った。
どんなやさしい言葉を囁いていたのだろう。
その表情のやわらかさで、どうしようもなく聞いてみたくなる。
「(俺がお前に触ってたいだけ)」