やさしいベッドで半分死にたい【完】
昔、幾度となく迷惑をかけた男が体の上に乗りかかっていた。
夢だと気づくのは、とてもはやかった。気づいていても、どうせ逃れることはできないのだけれど。
呆然と見つめていれば、隠すことなく眉を顰めた男が両手を首に添えてくる。
緩やかな死を迎えるまで夢は終わらない。いつもそうだ。こんなにも長い時間拘束されているというのに、現実の時間はそう長く進んでくれていない。
何度経験しても、誰かが私を殺しに来る。
ゆっくりと力が入る。その痛みのようなくるしみに耐えようとして、なんらかの強い力に、喫驚した瞼が開いた。
「―――!」
「きゃ、っ」
悲鳴のような何かをあげたつもりで、目の前の男にまっすぐに見つめられている。肩を掴まれているから、強制的にたたき起こされたのだと気づいた。
「―――」
何かを懸命に話しているだろうに、何一つ聞こえないまま唇を開いた。
「どうして……、花岡さん、が?」
少し前に私の首を絞めようとしていた男が、私の声に言葉を切ったように見えた。
花岡の後ろには、心配そうな顔をした大家が立ち尽くしている。花岡は、何かを言おうかと数回唇を動かして、苛立ったような顔のまま、携帯を取り出した。
“自殺しようとしたのかと思った”
打ち込まれた言葉に、思わず唖然としてしまう。唇が、たしかに「ちがうのか」と動いていた。
必死で首を横に振ったら、花岡が深く息を吐いた。抱き起されて、されるがまま抱きしめられる。
「な、はな……」
「びびった……」
耳元に囁かれて、肩が上ずる。久しぶりに、この人の声を聴いた。
いつも気難しそうな顔をしているこの人は、背の高さから想像できる通りに低く重厚な声を持っている。
「はなおか、さん」
うまく自分が花岡の名を呼べているのか、わからないまま囁いて、ますます強く抱きしめられたことを知った。
花岡は、こんなふうに私を抱きしめるような間柄の人間ではない。
元マネージャーが、この世の全てから私を守るように、そっと、静かに囁いていた。
「もうお前さ、俺だけ側に置いとけよ」
そのやさしさで、私の心臓は突き動かされてしまったのだろうか。