やさしいベッドで半分死にたい【完】
言うが早いか、軽やかに乗り込んでまっすぐに手を差し出される。きらきらと水面が乱反射して、花岡の表情をプリズムのように彩っている。
綺麗だと思った。
口に出している暇もなく、花岡に手を差し出して、引かれる力に寄り添って乗り込む。
「うまい」
「これくらいで、褒めてもらえるものですか?」
「さあ? お前としか乗ったことねえし」
何でもないことみたいに言われて呆然としてしまう。私の心を置き去りにしがちな人が、私の体を座らせて、真正面でオールを動かし始めた。
ゆっくりと進みだして、月の光が反射する水面を揺らしていく。
花岡はじっと私の顔を見ているから、気まずくなって、わざと目をそらした。
今どれくらいの時間だろう。時計も携帯もないから、正確な時間はわからないままだ。けれど、問うことはなかった。
スピードを上げて、水面に映る光が、次々に流れていく。その表面はどれくらい、冷たいのだろう。
「触ってみてもいいですか」
聞いてみれば、とくにふざけることなく花岡が頷いた。
こわごわと、人差し指と中指を浸してみる。なぜか触れる冷たさで、自分自身が生きていることを実感してしまった。
もう少し触れてみたくて、左手の半分を水面にさらしてみれば、小さく飛沫が飛び上がる。