やさしいベッドで半分死にたい【完】

私と花岡以外、誰一人いない。

どうして花岡は、一人になれる場所をこんなにも知っているのだろうか。花岡は、大学進学を契機に東京へ出たはずだ。何度かメールで大学時代の話を聞いていたから知っている。

きっと中学生や高校生の時に来た場所だろう。少なく見積もっても、花岡の地元からは車で一時間以上かかる場所にあるはずだ。

どうしてそんなところまできて、過去の花岡は一人でこの水面を見つめたりしたのだろう。


「どういうときに、ここに来ていたんですか?」


問いかければ、いつだって答えてくれる。首を傾げたら、花岡はオールを止めてこちらに少し寄ってくれた。

惰性で動き続けるボートの上で、やはり私はこわごわと動いていた。

耳を寄せたら、花岡が、ややあってから言葉を返してくれた。


「むしゃくしゃしたとき」

「むしゃくしゃ、するんですか」

「思春期だったからだろうな」

「あはは。どんな男の子だったんですか」


繰り返し尋ねたら、花岡があまり答えたくなさそうな苦い顔をしているのが見えた。


「……お前とは、ぜってえ、何があっても交わりそうにないクソガキ」


半ばやけっぱちのような声だった。びっくりして耳を離せば、あまり見られたくないらしい人が私の髪を乱してくる。
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