やさしいベッドで半分死にたい【完】
私はこんなにも乱されっぱなしなのに、花岡はすこしも参ったり焦ったりしていない。降参してしまいたいような気分だ。


「それは困るな」

「ええ、困ります」

「残念だが、諦めるか」


きっと気の迷いですよ。


言い出せなくて、黙ったまま頷いた。こんなにも素敵で、飾ってもいないのに格好がついてしまう人がいていいのだろうか。うらめしい。すこしでも、私が、花岡に見合う人間であればいいのに。


「すこし、私も漕いでみたいです」

「……落とさないか?」

「ひどいです。さすがにそんなことは……、あんまり自信は、ないですけど」

「後ろから抱きかかえてやろうか」

「もう、そういうのは控えてください」


困り果ててつぶやいたら、あたたかい指先が、髪の毛をするりと撫でつけた。


「善処する」


結局、花岡の予想通り、私はオールを落としかけてしまった。

ボートを進めることができたのはほんの数分のことだったけれども、それだけでも疲れ果ててしまった。

花岡の体力はすさまじい。

ときに力仕事をする必要もある仕事だから、もしかしたら鍛えていたりするのかもしれない。どうでもいいことだけを考えて、星空のまたたきを数えている。

花岡は、あんなにも情熱的に愛を語る人なのに、眉一つ動かさずに私を見つめながらボートを進めている。
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