残酷な天使に牙はない。
「っ……、」
彼が出ていったクラブはすぐにその賑わいを取り戻した。
金縛りにあってしまったかのように、動かなかった身体は、彼がそこにいたことを示すように、僅かに震えていた。
少年は、赤くなった顔を腕で隠しながら、部屋へと戻っていった。パタンとドアが閉まる。少年はその場に、ズルズルとしゃがみ込んで頭を抱えた。
「あの顔は、ヤバイよ……」
誰にも聞こえないくらいの大きさで、そう呟いた。
「あ、戻って来たんだ、ナオ。てっきりあのままアランについていくと思ってたよ」
「はぁ……。タマキ、俺はアランに、嫌われたら生きていけないから、大人しく引き下がるに決まってるでしょ?」
ナオは、先ほど、アランと一緒にいた態度とは打って変わって、口を尖らせ悪態をつく。
「ホント……、猫っかぶりが上手だな」
「うるさいなぁ……。何?カオルも俺に甘えて欲しいわけ?無理無理。キモすぎ。想像しただけで吐きそうになるんだけど」
おえっと吐く真似をするナオは、自他共に認めるアラン信者なのだ。彼の世界の中心は、絶対的存在、アランで回っている。
ナオは立ち上がり、特等席であるアランの席の隣に座った。