オレにしか、触らせるな!
「水族館とか、デートみたいだね」
渉香が言った
周りはカップルが多かった
たしかに
成人した男女が水族館一緒に来るって
デートしかない
「水族館なんて
なんで来たかったの?
渉香、魚とか好きだった?」
「うん!亀は見たかった
あ!ほら…スゴーイ!
近くで見ると大きいね!」
渉香、楽しそう
でも今日が最後なんだよね?
「傑くんと付き合ってた時ね
ホントは、水族館来たかったんだ…
…
でも部活忙しそうだったし…
なんか、誘えなかった」
「デートなんて、しなかったもんね」
「うん、土日は練習試合だったし…
あ!1回だけ試合見に行ったよ
憶えてる?」
「そーだっけ…?」
アリーナの隅で見てたよね
わざと忘れたふりをした
あの時は
オレを見てたの?
颯見てたの?
オレが点を決めた時
渉香が嬉しそうにした気がしたけど…
記憶って
自分のいいように残ってる
「ねぇ…
今日のことは忘れなくてもいい?」
「え…?」
「今日、水族館来たことも
…
一緒にスニーカー買いに行ったことも
…
一緒に料理して食べたことも
…
映画観たことも
…
忘れたくないな…
…
…
忘れなくてもいい?」
渉香が水槽の魚を目で追いながら言った
なんでそんなこと…
「あ!絆創膏貼ってくれたことも
…
大丈夫?熱あるんじゃない?って
心配してくれたことも
…
…
付き合ってた時、キスしたことは?
…
好きだよ…って言ってくれたことは?
…
…
全部…忘れなきゃ…?」
「そんな前のこと、まだ憶えてんの?
もぉ10年も経ってるし…」
オレも憶えてる
忘れたくても
忘れられないこと
忘れたくないのに
消さなきゃいけない記憶
別に
忘れてほしいわけじゃなかった
「渉香が憶えてたかったら、いいよ」
残すのも
消すのも
渉香の自由だよ
公園で一緒に写真撮ろうって言った時
消さなきゃいけない時、辛くなるから
そう言った渉香
記憶に残るくらいなら
一緒にいなきゃよかったのかな?
再会しなければよかったのかな?
ごめん
渉香
オレ、渉香と
一緒にいたいと思ったんだ
あの頃も
今も
「あの日のことだけ忘れるね…
…
なかったことにするね…」
あの日…
渉香と身体を重ねた日
忘れて…って
オレが言った
忘れても
なかったことにすることは
できるわけないのに…
その前に
渉香はまだ忘れてない
そんな簡単に忘れられるわけない
「行こっか…」
渉香の声が水槽にぶつかって震えた
「うん…」
渉香の後ろを黙って歩いた