私しか、知らないで…
「紫苑さん」
「ん?
名前呼んでくれた
嬉しい」
アイスコーヒーにミルクを垂らしながら
彼女が言った
「あ、すみません」
ハンドルネームみたいに
軽い気持ちで呼んでしまった
「本名、ですよね?」
「うん、もちろん本名だよ
アハハ…おもしろいね…」
笑うと…
「じゃあ、藤森亜南?くんは本名?」
「はい…本名です」
「へー…フルネーム
かっこいい名前だね」
かっこいい…
名前がだから!
オレじゃなくて名前がかっこいい
「父と母が新婚旅行で
ニュージーランドの亜南極に………………」
「フフフ…アハハハ…
それが入試に出たら絶対合格だね!」
オレ緊張して長々変な話した
オレの名前の由来とか
この人に関係ないのに…
笑うと…
かわいい
「私の名前ね
今昔物語集の…って興味ないか
ごめん
入試に出ないし、サッ、勉強しよっか!」
「お兄さんの名前は萱草(かんぞう)?」
「え、知ってるの?
初めて…私の名前の由来知ってる人いた」
萱草と紫苑
今昔物語集に出てくるふたりの兄弟
萱草という草は
見る人の思いを忘れさせてしまう
紫苑という草は
見た人の心にあるものを決して忘れない
ふたりの兄弟は父の墓の周りに
それぞれの草を植える
嬉しいことのある人は忘れな草の紫苑を植える
憂いのある人は忘れ草の萱草を植える
確か、そんな話
「アハハハ…
ちなみに私、
お兄さんは、いない
…
ごめんね、私も関係ない話して
で、どこから?
わからないところとか、ある?」
「えっと…あ、はい…
…
じゃあ、ここ…」
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