私しか、知らないで…
「失礼します」
「こんな日も来てくれるんだ、花澤
来ないと思ってたのに…」
「うん、最後だから…」
先生は今日
いつもの白衣じゃなくてスーツで
髪もちゃんとセットされてて
なんか恥ずかしくなる
「最後だよ」
いろんなことを思い出す
水槽にエサを落としながら魚たちを目で追った
「ありがとな…毎日来てくれて…」
先生も私の隣で水槽の中を覗いた
「はい…」
先生、最後だよ
先生は寂しくないかな?
゚.*・。゚♬*゜゚.*・。゚♬*゜〜
私の隣から先生の鼻歌が聞こえた
「先生…?」
「…ん?」
先生と目が合って
ふたりで笑った
「花澤がいつも聴いてたからオレも覚えた
花澤がいつも歌ってたからオレも移った」
外の光が水槽に反射して
先生がキラキラした
先生と一緒に水槽を見るのが好きだった
先生の隣でお菓子を食べる時間が幸せだった
先生の長くてつまらない話を聞くのが好きだった
「先生…ありがとう」
先生は照れくさそうに笑った
そぉ
笑うと優しくなる目
その笑顔も大好きだった
「お礼を言うのは
オレとコイツらじゃない?
…
弁当、ありがと
好き嫌い少し減った」
「うん、よかった
また明日からサプリ?」
「あぁ…そぉかな…
作ってくれる人いるといいけどな」
「先生にずっとお弁当作ってあげたかった
…
先生の隣が
ずっと私の特等席だったらよかった
…
先生が私を…」
好きになってくれたらよかった
先生が視線を落とした
そぉ
その自信なさそうな猫背も好きだった
「あ、今日ね
クラスのみんなでカラオケ行くの!
先生も行く?」
「オレが行ったら盛り下がるだろ」
「先生と一緒に
んーん…
先生とふたりでカラオケ行きたかったな
…
カラオケだけじゃなくて
ふたりで映画観たり…
ふたりでオシャレなカフェに行って
手繋いだり…
ギュッて抱きしめてもらったら
私、死んじゃうかも…」
「なんだ、それ…
今読んでる小説?」
「んーん…私の夢」
「夢ね…
…
いいよ
ふたりで映画行く?
手繋いで、その後…」
先生は水槽を見つめたまま言った
「先生…
…
私あの後もずっと
先生のこと好きだったの
…
先生にフラれても
拒否されても受け入れられなくても
先生のこと好きだったの
…
伝わってた?
気付いてた?」
先生を覗き込んだら先生は私を見た
ドキン…
先生に断わられてからも
私は先生にお弁当を作って
放課後の餌付けも毎日やってた
でも先生は恋愛とか疎そうだし
私の気持ちなんて知ったこっちゃないのかも
迷惑でしかなかったのかも
「あぁ…伝わってたよ」
真っ直ぐで優しい声
そぉ
その声も好きだった
「ホントに…?」
嬉しくなって笑ってしまった
「うん…気付いてたよ
…
その言葉が過去形になってるのも…
…
もぉ遅いっていうのも…
…
全部、気付いてる」
うん…
そーなんだ
「やっぱり先生、なんでも知ってるね」
「呑気にしてるつもりもなかったけど
卒業まで待たなきゃ…って
…
今日まで長かった
…
オレ、焦ってた
…
初めてかも
本気で生徒に好意を抱いたの
…
呑気にしてたら取られるって
わかってたけど
花澤が卒業するまで待つしかなかった
…
そしたら、遅かった
…
なんで先生と生徒だったんだろうって
何度か思った」
先生
それって
私のこと…
「先生、好きなの?
…
私のこと」
「あぁ…好きだよ」
「生物的に?」
おもしろい生き物みたいって?
「いや…
いつもオレの隣にいる花澤が
一途で無邪気で
かわいいな…って
ずっと思ってた」
「猫とか?犬みたいな?」
「いや…
女性として
…
好きだな…って
…
かわいいな…って
…
抱きしめたいって…
何度も思ったよ」
「ホント…?」
「あぁ…ホント…
…
好きだよ、花澤」
「ありがと、先生
…
先生
私も好きだったよ
大好きだったよ」
先生が右手を出した
「握手…
それなら、いいだろ」
「うん…」
先生の手を握った
触れた先生の手は
大きくて骨張ってるのに
優しかった
私が大好きだった人の手
もっと早く触れたかった
もっと早く触れてくれてたら
そしたら…
先生に引き寄せられた
だけど
今はこれ以上近付くことも
触れることもできなくてもどかしい
「先生のこと
また好きになる生徒いるよ」
「いないだろ」
「んーん…いるよ、きっと
…
先生は、見た目かっこいいのに
話してみると、ちょっと変な人」
「おい!」
「でも優しいから
私に合わせてくれようとして
好きな音楽とか
何が流行ってるの?って聞いてくれた」
「合わせようとなんて、してないよ
…
ただ、好きな人が何に興味持ってるのか
気になっただけ…」
「ホントに?嬉しいな」
「朝倉によろしくな
卒業まで花澤守ってくれて感謝してる
伝えておいて…」
「うん」
「元気で…
幸せになって…」
「うん
先生も…
あ!先生、
カスミソウの花言葉知ってる?」
先生のデスクの上にある花束を見て言った
「感謝!幸福!
私の花だよ」
「ありがと、覚えとく」
餞の言葉として
私のことを忘れてほしくなくて
先生に言った
先生は
最後も
私の大好きな笑顔だった
ありがとう
大好きだった人