マリオネットは君と人間になる


 二月十四日。VD祭——如月地域公演演劇祭、当日。

 久々の晴天で、まるで空もこの日をずっと待ちわびていたようだった。

 普段より少し早い時間に起きて制服に着替え、朝食の準備をするためにリビングに向かうと、テーブルの上に花柄の正方形のメモが一枚置かれていた。

『いよいよ今日が本番ね。せっかくの水葉が主役を演じる劇、見に行けなくて、本当にごめんなさい。水葉は私の自慢の娘だもの。きっと、素敵な公演になるんだろうな。今日はケーキを買って早めに帰って来るから、家で今日の話をたくさん聞かせてね。 P.S. 私が行けない代わりに、直斗が応援しに行くから。頑張ってね』

 メモにはお母さんの丸い字が並んでいた。

 私はメモを胸に寄せて、優しく抱きしめる。

 ……ありがとう。お母さん。

 中学生の頃、私が吹奏楽部の演奏会に行く日は、いつもお母さんが笑顔で見送ってくれた。

 今日はお母さんの見送りはないけれど、そのときと同じくらい、心の芯からぽかぽかとした熱が広がっていく。

「……よし」

 私はメモをスカートのポケットに入れ、スキップでもしてしまいそうな軽い足取りで台所に移った。


 寝起きの直斗に見送られて、私はバスに乗り、演劇部の皆との集合場所である最寄り駅へと向かう。

 そこから電車に乗って、大きな駅で一回乗り換え、四十分ほど電車に揺られた後。駅を出て少し歩いたところにある文化会館に辿り着く。

 昨日もリハーサルのためにこの文化会館に訪れていたが、辺りを包む雰囲気は昨日とは似ても似つかなかった。

 入場時間まではまだ十五分ほどあるが、文化会館の入り口付近は様々な高校の演劇部や一般客の姿で覆いつくされていた。

「大勢の人が見に来てるんですね……」

「全部で六校の演劇部が集まってるからね。うちの演劇部は五人だけだけど、中には二十人以上いる演劇部もあるから」

「二十人……⁉」

 日野川先輩の話では、部員の多い演劇部では役者や大道具の担当に分かれて、一つの仕事に専念して活動するところもあるらしい。

 部員が少ない私達は、通し稽古も、大道具の準備も、全員で協力しなければやり遂げることはできない。

 大変なことも、不便なことも多かったが、そのおかげでできた経験もたくさんある。

 改めて、この演劇部に入れてよかったと思う。

「お人形さん、迷子にならないでね?」

「なりませんよ」

 日野川先輩の冗談に素早く返していると、日野川先輩の奥でニヤニヤとこちらを覗き見る室谷さんと目が合う。

 バレンタインのチョコを買いに行ったあの日以来、室谷さんは私が日野川先輩と話しているのを見ると、冷やかすような視線を向けてくるようになった。

 ……私に言わせれば、室谷さんと森くんの関係もかなり怪しいと思うけど。

 私がジト目で室谷さんを見つめ返していると、VD祭のパンフレットを持った竹市さんが日野川先輩に声をかける。
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