マリオネットは君と人間になる
「日野川先輩。入場したら、私はすぐに舞台裏のミキサーの確認に向かえばいいんですよね?」

「うん。皆も、僕らの公演は二番目だから、中に入ったらそのまま控え室に直行して」

「はーい」

「お、そろそろ開くっぽい」

 森くんがそう言うと、人込みの奥で入り口の扉が開くのが見えた。

 人の波に流されながら、私達はゆっくりと建物の中に入っていく。

「受付してくるから、お前達は先に行っててくれ」

 岡本先生は一際混雑した受付の方に向かい、竹市さんも人込みの中に消えていく。

「水葉先輩。控え室に行く前に、お手洗いに寄って行きませんか?」

「そうだね。私も一応行っておこうかな」

「じゃ、俺らは先に控え室向かってるわ」

 日野川先輩と森くんと別れ、室谷さんと共にやっとの思いで女子トイレに辿り着く。

 先に個室から出た私が洗面所で手を洗っていると、隣で同じように手を洗う室谷さんが口を開く。

「日野川先輩に渡すチョコ、持ってきたんですか?」

「ち……っ⁉」

 思わず口にくわえていたハンカチを落としそうになる。

 鏡に映る室谷さんは、ニヤニヤを通り越してニマニマしていた。

「も……持ってきた、けど」

「いつ渡すんですか? 皆に配る用のチョコの、二倍の値段がする本命チョコは」

 室谷さんの言う事は本当だ。

 先日の三人でチョコを買いに行ったとき、二人に背中を押されて、私はお小遣いでギリギリ買える値段のチョコレートを個別で買った。

 そのおかげで、私のお財布は今、非常に頼りない重さになっている。

 気恥ずかしくて、ギュッとハンカチを握りしめながらぼそぼそと呟く。

「帰りに……片付けとか差し入れとか、全部終わった後、時間があれば……」

「きゃ~‼ いいじゃないですか! 人払いは私と莉帆に任せてくださいね! 完っ璧な二人のムードを作ってみせますから!」

「特に何もしなくていいからね⁉」

 室谷さんに強く釘を打ち、二人で更衣室から出る。


 控え室はステージの裏にあり、竹市さんと『関係者以外立ち入り禁止』の紙が貼られたチェーンスタンドの奥に入る。

 狭い一本道を歩いていると、奥から私服姿の二人の男子が走ってくる。

「バカだろアイツ! なんであんな熱くなってるわけ⁉」

「知るかよ! いいから、早くズラかろうぜ!」

 私と竹市さんは通路の端に寄るが、二人の男子は横並びで走ってきたため、その内の一人と肩がぶつかる。

「いたっ」

「水葉先輩!」

 二人はこちらを振り返ることなく私達の来た道を走っていく。

 ……なんか、感じ悪い人達だな。

 室谷さんは私の横に来ると、後ろを振り返った状態で固まる。

「竹市さん、どうかしたの?」

「いや……あの二人、何処かで見たことがある気がして」

「他校の演劇部の人じゃないの?」

「多分、違うと思います。もっと前に、一度……」

 竹市さんはそう呟いて眉を寄せる。その数秒後、さぁっと室谷さんの顔色が変わる。

「竹市さん……?」

「あの二人、去年の文化祭の劇で役者をやってた人です……! つまり、元演劇部の……」

 その言葉で、室谷さんの考えていることを悟る。

 背筋に冷たいものが走り、脳裏に日野川先輩の無残に切り刻まれたノートが過ぎる。

 嫌な予感がする。

「それって……」

 室谷さんが青い顔で頷き、私達は控え室へと急いだ。
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