マリオネットは君と人間になる
 隣に座る室谷さんは顎に手を当て、何かを思考するようなポーズをとって呟く。

「……でも、確かに雰囲気は合ってるかも」

 え?

「まぁ……センパイがそう決めたんなら、異論はねーよ」

 待って。

 室谷さんも森くんも、なんでそんなあっさり受け入れてるの?

 演劇部でもない、対して演劇経験があるわけでもない人が座長をやるって言ってるんだよ?

 これって、毎日真剣に練習に励んでいる部員達にとってどうなの? 嫌じゃないの?

 それに、そもそもの話……っ。

 さすがに黙り込んでいることはできず、私は抗議の声を上げる。

「ち……ちょっと、待ってください。私、その件について同意した覚えはありません。なんで、勝手に……っ」

 日野川先輩は両肘を机の上に乗せ、両手の指を交差させてその上に顎を乗せる。

「でも、嫌だとも言わなかったでしょ?」

 それはあの後すぐに室谷さんと森くんが中に入ってきて、話すタイミングを失ったからであって……。

 それに放課後は家のことで忙しい。だから、中学の頃からずっと続けていた吹奏楽部もやめたのだ。

 部活動なんてやっている時間があるなら、その時間を使って家の掃除でもやってしまいたい。

 何より、私は表情を変えることができないのだ。

 声優などは声で感情を表現することもできるが、私は違う。

 何の取り柄も持たない、ただの凡人だ。

 そんな私が舞台に立って役を演じることなんて、無理に決まっている。わざわざ自分の恥を大勢の人の前でさらすようなものじゃないか。

 私の遺書を読み、尚且つ私のコンプレックスを笑った日野川先輩は、そのことは当然知っているはずだ。それなのに、どうして私に座長をやれなんて言うのだろう。

「そんなに嫌?」

「嫌に、決まっています。なんで私が……」

「そっか。でも、お人形さんに拒否権はないんだよね」

 日野川先輩は笑顔のまま、机上の原稿用紙の横に黒いケーブルを置く。

 プラグの先の、コンセントに差し込む二本の銀色の部分。その片方が、ぐにゃりとくの字に曲がっている。

 これではどう頑張っても、プラグをコンセントに差し込むことはできないだろう。

「これ、何かわかる?」

「……何かとコンセントを繋ぐ、ケーブルってことしか」

「そう。サンプラーっていう劇の音響で使う機械とコンセントを繋ぐための、〝お人形さんが壊した〟ケーブル」

「……え?」

 私が壊した?

 この高校に入学してから今まで、演劇部に一切関わったことがない私が?

 完全な言いがかりだ。

 無理矢理ここに連れてこられて、急に座長をやれって言われて、その次は犯人扱い?

「だから、お人形さんにはこのケーブルの弁償代を払ってもらいたいんだよね」

 怒りがふつふつと湧いてくる私の気も知らずに、日野川先輩はヘラヘラと笑って“弁償”と言う言葉を突きつけてくる。

 室谷さんと森くんは何も言わず、尋問のようなこの光景をただ横から眺めている。その視線が、痛い。
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