マリオネットは君と人間になる
 私に、なんの恨みがあるの?

 私はただ、早く楽になりたいだけなのに。静かに死にたいだけなのに。

 表情を変えられない自分も、私のコンプレックスを笑った日野川先輩も、劇の座長も、犯人扱いも、覚えのない弁償も。

 全部、全部嫌だ。

 いい加減にしてよ……っ!

 ざわざわと心にさざ波が立つ。けれど私には、それを表情に出して目の前の日野川先輩に伝えることができない。

 これまで散々受け止めてきた、その残酷な現実に対しても苛立ちが湧く。

 今にも吐き出しそうになるそれをぐっと唇を噛み締めて堪え、せめてもの抵抗で机上の黒いケーブルを睨みつける。

 ……あれ?

 このケーブル、何処かで見たことがある気がする。

 熱い感情の波がゆっくりと引いていき、冷静に自分の記憶を辿る。

 何処で、見たんだっけ? わりと最近だった気がするけど……。

 仲の良いコンビのように原稿用紙の束と並ぶケーブルをじっと見つめていると、一つの光景が頭を過ぎる。

 廊下の床に散らばった大量の原稿用紙。そこに埋もれるように落ちていた黒いケーブル。

 ……これって、もしかして。

「もしかして……昨日の放課後、室谷さんとぶつかったときに、私が踏んづけちゃった……」

「大正解」

 パチパチと部屋に響く拍手の音を聞きながら、サァッと血の気が引いていく。

 言いがかりじゃない。

 私が、壊した。

「税込みで一本二千七百二十八円。送料も入れたら、もう少しかかるかな。これの弁償代、お人形さんの体できっちり払ってもらうよ」

「センパイ、言い方」

 森くんの笑い声は耳に入ってこなかった。

 ズドンと重い音を立てて私の上に降ってきたのは、〝弁償〟という二文字。

 弁償。私は演劇部に、このケーブルの代金を払わなければならない。

 二千七百二十八円。私は普段お金が必要なとき、お母さんから必要な額をもらうことにしている。今は手持ちにないが、払えないことはない。

 だけどそれは……お母さんに、最後まで迷惑をかけることになってしまう。

 私が死んだ後、葬儀代を支払うのはお母さんだ。

 詳しくは知らないが、一つの葬儀を開くには多額なお金が必要になる。こんな私でも、ただ死ぬだけでお金を必要とするのだ。

 ……お母さんには感謝している。

 私を産んで、ここまで育ててくれたこと。私のために、お父さんとの離婚を決意してくれたこと。

 そんなお母さんに、私は〝自殺〟という恩を仇で返すような真似をしようとしているのだ。

 お母さんにはこれ以上の迷惑はかけたくないし、かけられない。

 弁償代はバイトをして稼ぐ手もあるが、生憎この高校はバイトが禁止されている。以前、隠れてバイトをしていた先輩が退学になったという噂を聞いたことがある。

 そうなると、私に残された選択は一つだけだ。
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