マリオネットは君と人間になる


 視聴覚室の上は第二音楽室で、今日は箏曲部の活動日なのか、昨日は聞こえなかった弦楽器独特の音が一階の廊下にまで聞こえてくる。

 その音楽の影響か、視聴覚室前の廊下は相変わらず薄暗くじめじめとしているが、昨日のようなおどろおどろしい雰囲気は薄まっていた。

 コンコンッ

 森くんが視聴覚室のドアをノックすると、すぐに中から返事が聞こえてくる。

「すみません。今着替えている最中なので、少し待っていてください」

「おー」

 今の落ち着いた声は……室谷さん、ではないな。仮に彼女なら、もっと元気な返事が返ってくる気がする。日野川先輩にしては高すぎる声だったし、そもそも日野川先輩は森くんに対して敬語ではなかった。

 ということは、今の声は昨日のミーティングにはいなかった演劇部員のものだろうか。

 数分後。控えめにドアが開き、中から学校指定の紺色のジャージを着たショートカットの女子生徒が出てくる。

「お待たせしました」

「なんだ、莉帆だけか? 蓮とセンパイはまだ来てねーの?」

「日野川先輩は岡本先生を呼びに行っていて、蓮は今お手洗いに行っています」

 ショートカットの彼女は真顔のままそう答える。

 岡本先生。私のクラスの授業も受け持っている、情報の先生だ。

 体格が良く、第一印象は熱血な体育教師。そんな容姿とは裏腹に、基本いつもパソコン室に居座っていて、陽気で雑談も多い。多くの生徒から好意と信頼を寄せられている先生だ。

 ショートカットの彼女は、森くんの後に続いて視聴覚室に入る私をじっと目で追う。

「……貴方が、日野川先輩に推薦された先輩ですか」

 彼女はそう呟くと、私に向けて小さく会釈する。

「一年の竹市(たけいち)莉帆(りほ)です」

「あ……二年の、白樺水葉です」

「これからよろしくお願いしますね。白樺先輩」

 室谷さんのときとは違う、お互いににこりともしない硬い雰囲気の自己紹介。

 私も普段、こんな感じなのだろうか。

 薄々わかっていたが、受け身側はあまりいい気分はしない。

「私、台本を製本して持ってきますね」

「手伝うか?」

「大丈夫です。昨日休んでしまいましたし、六人分くらいすぐに製本できますから」

 竹市さんは森くんの顔を見てそう告げ、そそくさと私の横を通り過ぎて視聴覚室から出て行く。

 ……もしかして私、竹市さんに嫌われている?

 いやでも、今のが初対面だったし……。

 私の表情が変わらない顔を見て、不快にさせてしまったのだろうか。

 視聴覚室に来て早々に、これから竹市さんと上手くやっていけるのかという不安に襲われる。

 森くんは竹市さんの後ろ姿を見届けた後、その場に立ち尽くす私に視線を向ける。

「どうかしたのか?」

「……ううん。なんでもない」

 考えてみればそうだ。演劇部の温和な雰囲気で忘れていたが、一般的には表情の変わらない奇妙な人を見れば、竹市さんのような反応になるのが当たり前だろう。

 寧ろ日野川先輩や室谷さん、森くんの反応が珍しかっただけ。ただ、それだけなのだ。

 チクチクと針で刺されているような胸の痛みを無視して、森くんが座った席の後ろの椅子に腰を下ろす。
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