マリオネットは君と人間になる
 森くんと雑談をしていると、突然視聴覚室にノックの音が響く。

 森くんはさっと立ち上がると、忍び足でドアに駆け寄った。

 カチャリ。

「えっ」

「しーっ」

 頭上に疑問符が浮かぶ私に向けて、森くんは人差し指を口に当てて、悪戯を仕掛ける子供のような笑みを浮かべる。

「あれ? 莉帆、いないの?」

 訳が分からないままドアの前に立つ森くんを見ていると、廊下から室谷さんの声が聞こえてくる。

 銀色のドアノブがガチャガチャと音を立てて左右に回る。

「え、なんで鍵が……」

「『合言葉を述べよ。できればギャグ路線で』……だっけか? 蓮」

 実際に本人の声と並べて聞いても、やっぱり森くんの声真似は上手いと思う。

 ドアノブの動きが止まり、今度は激しくドアが叩かれる。

「その声、優樹先輩ですか? 昨日の仕返しとか、大人げないですよ! ギルティです!」

「だって俺大人じゃねーし。頑張れよ、入部時期的には俺より先輩だろ?」

 森くんは悪い顔をしながらドアの奥にいるであろう室谷さんを煽る。

 すると、ドンドンとドアを叩く音がピタリと止んだ。

「……仕方ありませんね。いいでしょう。先輩としての実力、見せてあげますよ!」

 やけに意気込んだ声。

 その次に喉の調子を整えているのか咳払いが聞こえる。

 そしてしばらくの間が空いた後、今度は二回、控えめなノックの音が響く。

「優樹ちゃん、起きてるの?」

「……は?」

 急に「先輩」ではなく「ちゃん」づけで呼ばれた、森くんの名前。

 唖然としながら乾いた声を漏らす森くんを置いてきぼりにして、室谷さんは続ける。

 幼い子供をあやすような、甘く柔らかい声で。

「今日も、学校休むの? 出席日数とかは大丈夫なの? ……なんて、余計なお世話だったわね。ごめんね。朝ご飯、ここに置いておくから、お腹が空いたら食べてね。ママ、あとで食器を取りに来るから。それと、ママ今から買い物に行ってくるわね。優樹ちゃんの大好きなプリンを買ってくるから——」

「なんの演技だよそれ‼」

 昨日とは真逆で、森くんが室谷さんの演技を遮ってドアを開ける。

 廊下に立っていた室谷さんは、したり顔でずんずんと視聴覚室に入ってくる。

「不登校の我が子を心配する母親の演技です! いかがです? これが私の実力!」

「予想外すぎて反応に困るだろ……というか、ギャグ路線じゃねーし! 重いわ‼」

 室谷さんは腰に手を当てて、ぺたんこな胸を張っている。

 昨日と同じようにワーワーと言い争いを始める二人を見ていると、二人が本当に仲の良いことが伝わってくる。

 一応異性同士だけど、そんなのはお互いにまったく気にしていない。まるで兄と妹のような、先輩後輩の立場も関係ない対等な言い争い。

 昨日今日と立て続けに見る二人の言い合いは、正直見ていて心が和んだ。

 ……昔は、私も直斗と些細なことで喧嘩していたっけ。

 日曜日の早朝に放送されるアニメのチャンネル争いで、戦隊ヒーローのアニメが見たい直斗と、魔法少女のアニメが見たい私で朝から大声で喧嘩して。

 最後はいつも直斗が折れてくれて、一緒に魔法少女のアニメを見ていた。

『今日は俺が譲ってやったんだから、来週は俺の見たいアニメを見るんだからな』なんて言って、結局来週も譲ってくれて……。

 懐かしい記憶を思い返していると、ふいに私達以外の第三者の声が響く。
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