マリオネットは君と人間になる
私が座長をやることになった劇は、二月に開催される〝如月地域公演演劇祭〟という公演会で発表するらしい。毎年二月十四日のバレンタインデーに開催されるその公演会は、略してVD祭と呼ばれているのだという。
「って感じの、シリアスでファンタジーな世界観のお話です。誠先輩が手掛けた期待の新作で、ラストはお客さん達を感動の渦に落とせること間違いなしですよ!」
椅子を並べ終わった後。私の隣の椅子に座り、森くんと一向に目を合わせようとしない室谷さんから、劇の大まかな物語を説明された。
台本は日野川先輩が書いたらしく、今回日野川先輩は役者ではなく演出を担当するようだった。そして室谷さん、森くん、私が役者として出演し、竹市さんが舞台監督兼音響を担当、岡本先生が助っ人として照明を担当するらしい。
「誠先輩の書く台本って、どれも独創的で……特に登場人物達が凄くいいんですよ! 設定が凝っているというか、一人一人ちゃんと過去や思想などが考えられていて、登場人物達全員が主人公みたいなんです! 何というか……全員がちゃんと生きてるって、そう思えるんです!」
室谷さんの日野川先輩の台本について語る物凄い熱量に気圧される。
本人がいる前なのに、よくもここまで褒めちぎることができるな……。
そう思いながらちらりと横目で日野川先輩を見れば、日野川先輩はいつになく真面目な顔で椅子に座り、足を組んであの原稿用紙の束に目を落としていた。
こちらを気にも留めていない様子を見ると、どうやら室谷さんの絶賛は日野川先輩の耳に届いていないようだった。
「……室谷さんは、日野川先輩のファン、なんだね」
「私だけじゃないですよ! 莉帆も誠先輩の描く物語の大ファンなんです」
「竹市さんも?」
「私と莉帆は同じ中学で、演劇部に所属していたんです。中二の頃、莉帆と一緒にこの高校の文化祭に来たとき、演劇部が体育館で、ちょうど誠先輩の台本の劇をやっていて……。それを見て、二人でこの高校に受験して演劇部に入ろうって決めたんです!」
二人はそんな一途な理由でこの高校に入学したのかと、驚愕する。
私がこの高校を選んだ理由は、単純に家から近かったからだ。
私立はお金がかかるからと通うことを断念し、前の家からも、今のアパートからも遠くはないこの高校を選んだ。前の家より今のアパートの方が高校に近く、今ではバスで十分ほどかけて家と高校を往復している。
偏差値は高くも低くもなく、ちょうどいいと思った。塾に通うお金なんて、払えなかったから。
こんな一途に自分を好いてくれる後輩が入部してきてくれて、日野川先輩はさぞかし幸せだろう。
部員達全員が、たくさんの人が日野川先輩を好いてくれている。
……私とは違って。
創作というような特技も持たず、自分から他人と一線を引いた私が、自分と日野川先輩を比較すること自体間違いなのかもしれない。
でも、それでも私は……自分にはないものをたくさん持っている日野川先輩が羨ましいと、そう思った。