マリオネットは君と人間になる
「すみません。遅れました」
ノックの音が二回した後、六冊の分厚い台本を持った竹市さんが部屋に入ってきた。
竹市さんは手際よく全員に製本された台本を配っていく。
「どうぞ」
「あ、ありがとう」
台本を両手で受け取ると、まだ印刷したばかりなのかほんのりとした温もりが指に伝わってくる。
竹市さんはくるりとこちらに背を向けて、日野川先輩にも台本を渡しに行く。
「ありがとう竹市。今日は台本読みするから、いつものタイマー頼んでもいい?」
「はい」
日野川先輩が竹市さんにストップウォッチを渡す様子を見ながら、室谷さんが小さな声で言う。
「水葉先輩は、莉帆が冷たい子だって思いますか?」
「えっ」
突然室谷さんにそう聞かれ、私は狼狽えながら答える。
「えっと……大人しそうな子だな、とは、思ったけど……」
「ですよね。……でも、悪い子じゃないんですよ。先輩相手でも、仲のいい友達相手でもああだから、勘違いされやすいんです」
室谷さんは苦笑いを浮かべた後、眉を下げて切なげな表情で竹市さんを見つめる。
「……本当は今回の劇の座長、莉帆がやる予定だったんですよ」
「……っ」
室谷さんの衝撃の告白に言葉を失う。
今回の座長ってことは、私が竹市さんの役を……。
「莉帆、昨日の帰り道で凄く泣いていたんです。でも、最終的には『原作者の日野川先輩が決めたならそれでいい』って。演劇部は部員が少ないから、一人休んだだけでも練習ができなくなるだろうって……本当は今日くらい、休みたかったはずなのに」
室谷さんの言葉を聞いて、私も日野川先輩と話している竹市さんの背中を見つめる。
最初から気になってはいた。
演劇部の部員を差し置いて、こんな素人が座長をやってもいいのかと。
この演劇部の人達はそういうのを気にしないのだと、勝手にそう納得していたが、やはりそうではなかった。
こんな素人に役者を、しかも座長を奪われた竹市さんは、どんな思いだったんだろう。
きっと、とても辛かったはず。日野川先輩の台本のファンなら尚更だ。
そもそも竹市さんがいたなら、日野川先輩はどうして私を……。
「だから私達は莉帆の思いも引き継いで、精一杯練習して、素晴らしい劇にしましょうね!」
「……うん」
室谷さんは先程の表情から一変し、明るい笑顔を向けて言う。
それに対して、私は小さく頷いて返事をした。