マリオネットは君と人間になる
台本読みの終わりを知らせる両手を叩く乾いた音で、物語の世界に引き込まれていた私の意識が戻ってくる。
ノートを閉じて、大きく息を吐く。小刻みに震える手を、もう片方の手で包み込む。胸の高鳴りが抑えきれず、目を閉じて先程の世界の余韻に浸る。
……凄かった。今のは、ただの台本読みなんかじゃなかった。
この目で、はっきりと見えた。怜花と守の、二人の姿が。
二人は確かに生きていた。その生き様を、私はずっと横で見ていた。
あり得ないことではあるが……あの世界に、あの場所に、確かに私もいた。
玲菜が悲痛を叫ぶと私も胸が苦しくなって、最後の守との場面では、私も暖かい思いに包まれて、泣きそうになって……。
「お疲れさま」
日野川先輩の声が聞こえ、私は目を開ける。日野川先輩は机に頬杖をつき、私の顔をじっと見上げている。その手で隠れ切れていない口元は、とても緩み切っている。
「僕の物語の世界はどうだった?」
日野川先輩にそう聞かれるが、先程の世界の余韻から抜け出せていないのか、声が出せない。私はコクコクと何度も首を縦に振ると、日野川先輩は満足げに笑う。
「そっか。ならよかった」
日野川先輩の台本は、本当に凄かった……。
以前室谷さんと竹市さんが日野川先輩のファンだという話を聞いて、内心では大袈裟だと思っていた。でも今は、二人の気持ちがよくわかる。
日野川先輩の台本は凄い。自然と心が惹かれていってしまう。
室谷さんの言う通り、物語の登場人物達はそこにいて、確かに生きていた。
「物語の世界に触れるのって、結構いいでしょ」
日野川先輩は先程の私のように目を閉じてそう言う。
日野川先輩もあの世界の余韻に浸っているのか、その表情はとても穏やかだった。
「お人形さんがここまで深く僕の物語の世界に入り込めたのは、お人形さんの毎日積み重ねてきた努力のおかげだよ」
私の努力……?
「お人形さんが初めてVD祭の台本読みをしたとき。ここまで物語の世界に入り込めなかったでしょ?」
言われてみれば、確かにそうだ。あのときはただ疲れたという思いが勝って、ここまで登場人物達に共感し、物語の世界に入り込むことはできなかった。
あのときのことを思い返す私に、日野川先輩は続ける。
「物語の世界は僕らを裏切らない。僕らが練習を重ねれば重ねるほど、僕らの視野を広げてくれる。物語の世界は、隅々まで、隠さずに見せてくれる」
なんとなく、日野川先輩の言っていることがわかる気がした。
今回の台本では、物語の世界の隅々まで見て、感じることができた。
それだけ私は……変われた、ということなのだろうか。