マリオネットは君と人間になる
「どう? すっきりした? 〝人間〟になれた?」

 ようやく口が動かせるようになってきた。

 日野川先輩の言う「〝人間〟になれた」という意味は分からなったが、台本読みを始める前と同じように、日野川先輩が私を心配してくれているのが伝わってくる。

 ……今なら、言えるだろうか。

 ううん、言いたい。

 〝お人形さん〟じゃない私の、本当の気持ちを。

「日野川、先輩」

 若干震えた声で名前を呼ぶと、日野川先輩は短い相槌を打つ。

「私……お母さんが好きです。好きだから、迷惑かけたくないんです」

「うん」

「でも、演劇部の皆のことも、好きなんです。皆にも、迷惑かけたくないんです」

「うん」

「でも、子供みたいにないものねだりはできないから……家のお金のことを考えたら、私には、合宿に参加するという選択肢は残されていないんです」

「……家のお金とか関係なしに考えて、お人形さんはどうしたいの?」

 日野川先輩は目を閉じたまま私に質問する。日野川先輩はこちらを見てはいないのに、心の奥底まで見透かされているような気がして、無意識に体が強張る。

 呼吸が乱れる。急にお腹がジンジンと痛み始め、嫌な汗が頬を伝う。

 ——お前が俺に『見に来て欲しい』なんて言わなければ、こんなことにはならなかったんだ‼ 高校生にもなって、親に我儘言うな‼

 私は、どうしたいか。

 もし、我儘とかお金とかを何も考えなくていいのなら。もし、自分の思いを素直に口にしていいのなら。

 ……そんなの、とっくに答えは出ている。

「冬季合宿。私も……参加したい、です」

 心の奥に押し込んでいた思いを吐き出すと、お腹の痛みが、全ての不快感から解放される。まるで背中に翼が生えたように、体が軽くなった気がした。

 日野川先輩は静かに目を開けると、いつものように微笑んで、あの世界で生きていた守のセリフを口にする。

「それを言う相手は僕じゃないでしょ?」

 何処か遠くで、下校時刻十分前を知らせるチャイムの音が鳴り響いた。
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